「ダイアローグ・ギルティ」 その@


第一章

ダイアローグ・ギルティ ルール
ダイアローグ・キルティはダイアローグ・ギルティ主催者の出す賞金を手に入れる為の生と死を賭けたゲームである。

1、一回の参加で出場する参加者は二名。参加者はそれぞれ所定の場所につき、一人に一丁の六発式リボルバータイプの拳銃を持つ。
2、一発だけ弾を込めて持ち、ランダムにシリンダーを回す。
3、順番に引き金を引く。どちらが先行かは完全なランダムとする。銃口は自分のこめかみ、もしくは相手の顔面を狙う。
4、引き金を引き、弾が出なかったら相手の番になる。
5、自分のこめかみに向けて引き金を引いた場合は百万のプラスポイント。相手の顔面に向けて引き金を引いた場合は四百万のマイナスポイント。
6、こめかみに向けて引き金を引き弾が出た時、もしくは相手の顔面に向けて引き金を引いて弾が出た時、どちらかの方法で相手が死んだ場合、そこでゲームは終了となる。勝者には一千万のプラスポイント。その時点で手にしているポイントに加算される。ポイントは現金として支払われる。
7、尚、相手に向けて引き金を引き、弾が出て相手が死んだ場合のみ、四百万のマイナスポイントは加算されない。

例   一発目自分のこめかみ    プラス百万ポイント       生き残る
    二発目相手の顔面       マイナス四百万ポイント    相手、生き残る
    三発目相手の顔面       相手、絶命
    賞金一千万ポイント
    合計七百万ポイント(現金七百万円)

注意点
1、基本的に一対一で行なう。ただし、例外もある。
2、自分のこめかみか、相手の顔面かは、参加者の任意の選択による。
3、相手の顔面に向けて引き金を引き、弾が相手に当たっても相手が死ななかった場合、監視員が絶命させる。尚、その場合でも、撃った者には一千万のプラスポイントが加算される。
4、最初の持ち点はゼロポイントであり、相手の顔面にばかり銃口を向け、持ち点がマイナスになった場合は、ポイントを個人で清算しなければならない。ポイントは一部の例外を除いて、一ポイント一万円として現金で清算する。
5、何らかの事情(主催者の事情、弾の不発など)で試合の続行が難しくなった場合、ゲームは中止となる。
6、途中退場、途中の試合放棄は一切認められない。
7、試合中の飲食は一切認められない。
8、参加者の男女、年齢は問わない。
9、このゲームに関するあらゆる情報を外部に漏らす事を禁ずる。もし漏らした場合、どんな事情であろうとも、絶命処置を施こす。

                                                                以上


 〈神谷瑞樹 (かみや みずき)〉
 今、月は出ているのだろうか? 小さな部屋の中で煙草をふかしながら、ふとそんな事を考える。目の前の壁につけられている小さな窓。鉄格子の嵌められた窓の向こうは仄かに蒼い。
 蒼い夜を見ていると月の光が恋しくなる。
「‥‥」
 煙草の煙を大きく吸い込む。嗅ぎ慣れた匂いが、鼻をかすめる。
 私が今いる所は、とてもつまらない所だ。部屋の広さは畳六畳程度。天井までは三メートルくらい。壁は全て灰色のコンクリートが剥出しで、室内の空気はいつも冷えている。天井には蛍光灯が一本だけつけられていて、壁に一つだけある扉を照らしている。赤茶色の錆びが目立つ扉だ。あの扉は開ける時に女の悲鳴のような音を立てる。私はその音が好きだ。
 使い古されたベッドが二つ、対になって壁際に置かれている。私は今、その内の一つに腰掛けて煙草を吸っている。
 随分と寒い。着てきた服を脱がされてしまったから当たり前だ。私が今着ているのは、ブラジャーとパンツ、そして大きめのTシャツだけだ。不正が行なわれないようにする為らしいが、二十四の女にこんな格好させるなんて酷い。
 煙草を根元まで吸うと、部屋の隅に投げ捨て、大きくノビをした。本当に殺風景な部屋だ。でも、私にはお似合いの場所だ。ここは生きた者が入る墓場みたいなものだから。
「‥‥」
 ダイアローグ・ギルティ。
 格好良く訳すとすれば、「言葉を交わす罪」とでもなるのだろうか? この名前を考えた人は、相当洒落てる人だ。洒落てると同時に、残酷な人だ。
 私がこれからやろうとしている「ゲーム」は、本当に言葉を交わす事が罪になる。愛情や友情が芽生えれば、引き金を引く事に躊躇いを感じ、憎しみや嫉妬が生まれれば、自ら力強く引き金を引こうとする。皮肉過ぎる名前だ。
 やる以前に聞いてもよく意味が分からなかったが、今なら嫌と言う程理解出来る。知らなければ良かったと後悔しているが、もう何を言っても手遅れだ。死人は甦らないし、知ってしまった辛さを忘れる事も出来ない。
「‥‥」
 もうそろそろここに対戦者がやってくる。今回はどんな人だろう? 出来れば子供も結婚相手もいない、年老いた人がいい。その方がまだ相手が死んだ時に感じる罪悪感が少ない。
 再び煙草に火をつける。
 目の前を行き交う煙草の紫煙は、今の私の心境に似ている。薄暗い闇の中を当ても無く彷徨い、結局行き場所を見つけられないまま消えてゆく。私も似たようなものだ。彷徨った挙げ句、今ここにいる。でも、紫煙とは違う事が一つだけある。それは、紫煙は当ても無く消えてゆくだけだが、私の行く場所は決まっているという事だ。
 私がこのゲームに参加するのは、これで五回目だ。何でもこのゲーム始まって以来の強者らしい。別に考えながら引き金を引いているわけではない。ただの偶然だ。でも、偶然にしては本当によくここまで勝ち残ってこれたものだと自分でも思う。
 でも、もう勝つ気は無い。
 始めた時は生き残りたかった。命が惜しかった。途方も無い額の金が欲しかった。でも、今は違う。お金なんか欲しくない。命なんか惜しくない。ただ死にたい。それは、四回目のゲームで勝ってしまったから。
 四回目のゲームで私は死ぬつもりだった。だから、自分のこめかみにばかり銃口を向けた。なのに、どうしてあの人の方が先に死んでしまったのだろう。
 あの人は全然悔いの無さそうな顔をして死んでいった。少し笑っていた。あの人を思い出す度に、あの微笑みを思い起す度、私は死にたくなる。気が狂いそうな程、死にたくなる。とっとと死んで、あの人の待っている所に行きたい。
 なのに、死ねない。ここ以外では死ねない。街に戻ると、途端に死ぬ事が恐くなる。十代のカップルが楽しそうにハンバーガーをほおばりながら、週末の予定を話し、老いた老夫婦が鳩に餌を与える。そんな光景を見ると、死ぬのが恐くてたまらなくなる。胸の奥がキリキリと痛んで、カッターナイフを持つ手が震えて動かなくなってしまう。
 何故だか分からない。私は死にたいのに、体のどこかがまだ生きたいなどと思っているのかもしれない。死なないと、あの人に会えないのに。
「‥‥ふう」
 指先を焦がす程熱くなった煙草を、さっきと同じ場所に投げ捨てる。
 何故かは分からないが、ここだと死ぬ事が恐くなくなる。あの人が死んだ場所だからかもしれない。あの人だけではない。多くの人達がここを訪れた後、死んでいった。彼らの魂がこの辺りをうろうろして、死にたい者を誘ってくれているからだろうか。
 よくは分からない。でも、恐くなくなるのは確かだ。細かな理由なんてどうでもいい。死ぬのが恐くなくなるのなら、それでいい。
 それだけの理由で、私は五回目のダイアローグ・ギルティに参加した。その決断に至るまでに半年かかった。
「‥‥」
 目を閉じる。目の前が完全な黒になる。
 楽しいとも面白いとも思わない、様々な現実の感覚。これが生きている感覚なのだろうが、もう未練は無い。いつでも失っていい。いや、いつでも、じゃない。
 早く、だ。
「‥‥神谷瑞樹。いるか?」
 不意に扉の向こうから声がした。この声は高瀬の声だ。
「いないわけないでしょう?」
 私がそう言うと、鍵を開ける音がして扉が開いた。やはり高瀬だった。
「お元気してた?」
 私は目を開け、満面の笑みで高瀬を見上げる。だが、高瀬はピクリとも笑おうとしない。
「ああっ、半年ぶりだな」
「そうね」
 高瀬和也(たかせ かずや)はこのゲームの執行人の一人だ。私や相手をここに連れてくる事、試合会場に連れていく事、勝者に賞金を渡す仕事をしている。彼と顔を合わせるのも、これで五回目だ。
 いつも黒いスーツ姿で、黒いサングラスをかけている。体格は細身で、少し金色に染められた髪の毛は男のわりに柔らかそうだ。すっきりとした鼻立ちに、瞬きを知らない瞳。全てが半年前と変わっていない。
 高瀬はどこか哀しげな瞳で私を見つめている。
「まさかお前とまたここで会えるとは思っていなかった」
「色々と考えたのよ」
「あの男はもう死んだんだぞ?」
「分かってるわ」
「だったら何故‥‥」
「きっと分かってもらえないわ」
 苦笑いをしながらそう答えた。高瀬は何も言わず、目を伏せる。何が言いたいのかは分かる。でも私の今の気持ちなんて誰にも分かってもらえない。例え高瀬だとしてもだ。だから話しても意味なんて無い。
 高瀬は一度私の全身を見てから、小さくため息をついた。
「‥‥今回の対戦者を連れてきた」
「分かってるわ」
「‥‥そうだな」
 高瀬は無感情な口調でそう言った。なのに瞳は哀しげなままだった。
 一度だけ、高瀬に抱かれた事があった。四回目のゲームの後の事だ。あの時、私はゲームが終わった後もこの部屋で泣き続けた。ゴムの切れた車の玩具みたいに喚き続けた。その時に高瀬が入ってきて、何も言わず私の目に溜まった涙を指を拭うと、私を抱いた。私は抵抗しなかった。嫌だとは思わなかった。これがこの人に出来る精一杯の慰めなのだろう、とその時は思った。
 今でもその考えは変わっていない。彼と交わった事も後悔していない。
 その時、初めて高瀬の笑った顔を見た。彼の笑顔を見たのは後にも先にもあの時だけだ。
「名前は?」
「本人に聞くのがいいだろう」
「それもそうね」
 抱かれたのは半年も前の事だ。でもあの時の事は決して忘れていない。高瀬だってきっと忘れていないはずだ。でも目の前の高瀬はまるで何も知らないかのように振る舞う。他人みたいだ。でも、それでもいい。今更、何を言うつもりも無い。
 いくら彼に抱かれようと、私の気持ちに変わりは無い。変わる事など、ありえない。
 対戦者が扉の影から出てくる。
「‥‥」
 今日も、誰かが死ぬだろう。私か、対戦者か、そのどちらかは確実に死ぬ。でも、他にも多くの人が死ぬだろう。人の死なない日なんて無い。だが誰が死のうが、何人死のうが、私には関係無い。皆そう思っている。自分の事しか考えていない。それでいい。私と闘い、そして私が死んだとしても、気にしないで欲しい。
「さあ、早くお話ししましょう」
 私はまだ姿の見えない対戦者に向かって言った。高瀬は少し笑っているであろう、私の顔をじっと見ている。その影に覆われた顔は、少しだけ悲しそうな顔をしているような気がした。
 対戦者が、顔を出した。
 ゲーム開始、一時間前だ。


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